なぜ会計士は役に立たないのか

6月下旬の会計士業界。
 
3月決算の会社であれば有価証券報告書のチェックが終わり、現場のスタッフ・シニアは一息つく頃です。
 
一方でマネージャーは、翌期の契約やらなんやらの雑務で、案外休めなかったり。
 
 
 
日本の監査報酬は、欧米に比べると破格なほど安いです。
 
同じ規模のクライアントでも報酬は10分の1、なんてこともあります。
 
上場会社や大会社であれば法律で会計監査を義務付けられるものの、日本の会社にとって会計士というのは「できれば関わりたくない存在」なわけです。
 
欧米の会社では、各従業員の仕事範囲が明確に決まっていて、例えば「ハロー、ジャック、いま暇ならちょっとメグの仕事も頼むよ、HAHAHA!」なんてことはめったにないそうです。
 
ではジャックが本当に暇になってしまったら?リストラすればいいのです。そして必要があれば、また雇えばいい。
 
その点、日本の従業員は現場担当者の裁量が大きいと言われます。悪くいうと、「うまくやっとけ。何かあれば報告連絡相談」という感じ。
 
民間企業で働く友人は、夜も20時を過ぎてそろそろ帰りたいと思って、上司に「まだ何かやることありますか」と聞いたら、「うーん、今はないけど」と言われたそうです。
 
彼女は暗黙に(でも明らかに)「帰っていいですか」と聞いているのに、上司がそこをあえてスルーするのは、「やることはないけど、後で何か起こったら責任とれるのか」と思っているからでしょう。
 
裁量が大きいと、責任がモヤっとしたものになる。
 
 
 
労働環境の話になってしまいました。
 
日本の労働環境は、このようにとても閉鎖的ですが、万能な現場担当者が育ちやすいという強さもあります。
 
監査していても思いますが、うまく決算業務が回っている会社は「この人に聞けばなんでもわかるぜ!」という経理担当者がいることが多いです。
 
そして、そういう人材が同じ会社で経験を積み出世競争を勝ち抜き、管理職になり役員に上がっていく。
 
一方欧米だと、どこからか凄腕経営者を連れてきて、ストックオプションを与えて「あとは自由にやれ」とくるから、日本とはずいぶん雰囲気が違います。
 
 
 
日本の会社にとって、会計士というのはめんどくさい「だけ」の存在です。
 
会社は自分のことをわかっている(と思っている)。なのに、奴らはそれをしつこくしつこく聞いてくる。
 
しかも毎年聞いてくる(基準で決められているんです。ごめんなさい!)。
 
そうなると、会計士というのは監査証明さえ出してくれればそれでいいという発想になります。
 
監査報酬なんて安ければ安いほどいいに決まっている。
 
欧米で監査報酬が高いのは、よそからやってきた経営者がインチキ決算で自分の報酬を増やすのを防ぐという理由があります。
 
和を持って貴しとなす日本と違い、向こうは性悪説で考えている。
 
あと、訴訟が多いというのもありますね。
 
しかしこの他にも、先の「この人に聞けばなんでもわかる」的な担当者が少ないという事情があるのです。そもそもそういう人材を、自社で育てようという発想がない。
 
どのみちどこかからヘッドハンティングするなら、外注の発想で会計士を使う理由は十分にあるでしょう。
 
そうなると、会計ファームの存在感は増すことになります。コンサルとして入っていく余地も大きくなる。
 
報酬が高くなるのも当然ですね。
 
 
 
私は日本の個々の会計士がアホだとは思いません。試験結構難しいし。
 
しかしそれが集団レベルになると、途端にアホになる。
 
というか、小手先の会計知識ばっかりで、組織運営とか業界構造とか、そういうことに対する考えが高瀬川のように浅いのです。村上春樹のように言えば「想像力が足りない」。
 
日本の会社文化のことをまったく理解せず、俺たちには価値があるんだ、それをわかってもらうんだという精神論に走っている、そしてそれがもう何年も続いている、会計士というのはそんな業界だと思います。